日経(にっけい)225先物(さきもの)へ投資(とうし)する際(さい)の分析(ぶんせき)手法(しゅほう)には、大きく(おおきく)分け(わけ)てふたつあります。ひとつは、ファンダメンタルズ分析(ぶんせき)です。政治(せいじ)経済(けいざい)などはもとより、投資(とうし)対象(たいしょう)の財務(ざいむ)状況(じょうきょう)や実態(じったい)価値(かち)などを分析(ぶんせき)し、将来(しょうらい)の価格(かかく)を予想(よそう)する方法(ほうほう)です。もうひとつはテクニカル分析(ぶんせき)で、「手(て)に入れる(いれる)ことの出来る(できる)情報(じょうほう)には、量(りょう)と質(しつ)において限界(げんかい)があるが、価格(かかく)は必要(ひつよう)な全て(すべて)の情報(じょうほう)が織り込ま(おりこま)れている」という考え方(かんがえかた)によって予想(よそう)する方法(ほうほう)です。出来高(できだか)から特定(とくてい)のパターンを抽出(ちゅうしゅつ)し、現在(げんざい)価格(かかく)にセッティングして将来(しょうらい)価格(かかく)を予想(よそう)するというものです。チャート分析(ぶんせき)もこれに含ま(ふくま)れます。どちらの分析(ぶんせき)手法(しゅほう)についてもサポーターがいます。しかし、システムトレードに通常(つうじょう)使わ(つかわ)れるのはテクニカル分析(ぶんせき)の方(ほう)です。理由(りゆう)としては、ファンダメンタルズ分析(ぶんせき)が必要(ひつよう)としている情報(じょうほう)を必要(ひつよう)な時(とき)に入手(にゅうしゅ)するのが難しい(むずかしい)ことと、入手(にゅうしゅ)出来(でき)たとしてもその情報(じょうほう)を指数化(しすうか)するのが困難(こんなん)であるということです。指数化(しすうか)によって過去(かこ)のパフォーマンスを数字上(すうじじょう)で説明(せつめい)出来(でき)てから初めて(はじめて)、システムトレードが有効(ゆうこう)であるという確信(かくしん)と説得力(せっとくりょく)が生まれ(うまれ)ます。その一方で(いっぽうで)、テクニカル分析(ぶんせき)の有効性(ゆうこうせい)が疑問視(ぎもんし)される場合(ばあい)に引き合い(ひきあい)に出さ(ださ)れるもののひとつに市場(いちば)効率(こうりつ)仮説(かせつ)があります。市場(いちば)効率(こうりつ)仮説(かせつ)とは、過去(かこ)のデータを使用(しよう)して将来(しょうらい)の価格(かかく)を予想(よそう)するのは不可能(ふかのう)と考える(かんがえる)説(せつ)のことです。この仮説(かせつ)は、あくまでも「市場(いちば)が完全(かんぜん)であること」が前提(ぜんてい)となっています。常識的(じょうしきてき)に考える(かんがえる)とこれもおかしな話(はなし)です。市場(いちば)に完全(かんぜん)などありえないはずなのです。取引(とりひき)が約定(やくじょう)することひとつをとっても、同一(どういつ)価格(かかく)で売り(うり)と買い(かい)の相反(あいはん)する投資(とうし)判断(はんだん)および行動(こうどう)があってから初めて(はじめて)売買(ばいばい)が成立(せいりつ)するのですから、完璧(かんぺき)な市場(いちば)でそうした正反対(せいはんたい)の事象(じしょう)が起きる(おきる)はずがありません。要するに(ようするに)、仮説(かせつ)の前提(ぜんてい)である完全(かんぜん)な市場(いちば)というものが成立(せいりつ)した途端(とたん)、そのマーケット自体(じたい)が機能(きのう)しなくなる、という皮肉(ひにく)な結果(けっか)になるのではないでしょうか。市場(いちば)は、将来(しょうらい)にわたり不完全(ふかんぜん)であり続ける(つづける)という認識(にんしき)のもと、その市場(いちば)の持つ(もつ)不完全(ふかんぜん)な部分(ぶぶん)、つまり「市場(いちば)のクセや歪み(ひずみ)」を発見(はっけん)し、地道(じみち)に摘み取っ(つみとっ)てゆくというのがシステムトレードの基本(きほん)の動作(どうさ)です。銀行系
消費者金融の代表格は竹中直人のTVCMでよく見かける
モビットでしょうか。